良い振り返りのために
どうも、株式会社プラハCEOの松原です。
開発プロジェクトでは定期的に振り返りを行いプロセスの改善を行うことが多い。しかし、やり方を間違えると振り返り会はお互いに負の感情を蓄積させるだけで終わってしまうことがあるため、より良い振り返りのために重要だと思う考え方や行動を社員に向けてまとめてみた。せっかくなのでブログでも公開してみる。
失敗に関する原則
- 失敗するのは当たり前
- 自分の限界を超えて挑戦したら失敗するのが当たり前!だから失敗を隠す必要はない。
- 失敗しなかったということは自分たちの既存能力の範疇で全ての仕事が完結したということなので、単に仕事の難易度が適正値より低かったことを示している。だから失敗しない=偉いわけじゃない。ただ仕事があなたにとって簡単すぎただけかもしれない。
- 失敗したからといって自分に価値がないとは思わないこと。自分一人では回避不可能な失敗もある。誰か一人が100%全ての失敗の原因であることはあり得ない。仮に一人のプロジェクトで失敗したとしても、そのプロジェクトに一人で任命した会社も原因の一端。だから自分一人で全ての責任を感じる必要はない。
- 誰だって失敗する。失敗にどう対処するかで真価が問われる。
- 失敗には痛みが伴う
- 失敗すると痛みを感じるのは必然。自転車を初めて漕いだ時に体中を擦りむいたように。誰だって失敗したら気分が落ちる。失敗したことを振り返ることは辛いし、痛い。
- でも痛みを恐れるあまり失敗から目を背けると、失敗から何も学べない。同じ失敗を繰り返してしまう
- 同じ失敗を繰り返して何度も痛みを味わうか、いま振り返って痛みを味わう代わりに同じ失敗をしなくなるか。後者の方が良くない?
- 失敗は他者と共有することで効果を増す
- 失敗したことを自分一人の胸の内に秘めていると、自分しかその失敗から学べない。失敗は周りと共有しよう。
- 何のために僕たちは同じ会社に所属しているのか。それはお互いの失敗から学ぶためだと思う。毎回自分で失敗していたら時間がもったいない。会社の仲間の失敗から学ぼう。
- 自分の失敗を周りに提供するだけでみんなに貢献できる。自分の失敗を周りに伝えるあなたの勇敢さが、失敗を許容する文化を醸成する。周りに共有するだけであなたの失敗は学びになる。
- 「うわーこいつ失敗してるwwwダッセーwww」と嘲る子供のような人はこの会社に居ない。仮に居たとしても、そんな人を相手にするのはあなたの時間が勿体ない。失敗から一緒に学ぼうとする大人がちゃんと周りにいるから、そういう人との時間を増やそう。
- 失敗に気づかない、失敗を隠す、失敗を認めない、失敗から学ばない、失敗する人を笑う。そういう人の方が何万倍もダサい。失敗するほど難しいことに挑戦したあなたの方がカッコイイ。あとは失敗からみんなで学ぼう。
振り返り会に挑む上での心構え
- フィードバックは個人ではなくプロジェクトについて述べる
- 誰だって批判されたら気分が悪くなる。イラッとする。
- 批判されると人間は「自分は悪くない」と弁明することにエネルギーを使うようになる。言い訳をしたり、「悪いのはあいつだ」と他人に失敗の原因を探すようになる。不毛だ。
- それか、批判された人がその場限りの謝罪をして終わる。「次からは気をつけます!」って。他の人はスカッとするかもしれないけど誰か一人が不快な思いになるだけだし、再発防止の仕組みは一切生まれていない。ほとんど意味がない
- だから個人ではなくプロジェクトについて述べよう
- 例:「あの人のコードがクソだった」→「誰でも最低限の品質を保ったコードを書ける仕組みが必要だった」
- 例:「相手側の担当者からの仕様変更が多すぎた」→「スケジュールに支障をきたす仕様変更を抑える仕組みが必要だった」
- 例:「PMが全然タスクを洗い出してくれなかった」→「タスクの不足にチームが気づく仕組みがなかった」
- 裁判ではない
- 誰が正しいとか誰が間違っているとか決めることに意味はない。誰が悪かったかハッキリさせてその人を排除しても、その人と似た別の人が入ってくれば、また問題が再発する
- 正しいかどうか決めるのではなく「これからどうすれば良いか」だけを考える。建設的なことだけを論じる。
- タイムマシンを使って、同じメンバーでもう一度同じことに挑戦した時に失敗しないための仕組みを考えるのが振り返りの目的なのだから
- 人格攻撃しない
- 失敗にかこつけて人格攻撃することはこの会社では認められない
- 問題を指摘することは構わない。ただし人格攻撃であってはいけない
- タイムマシンを使って、同じメンバーでもう一度同じことに挑戦した時に失敗しないための仕組みを考えるのが振り返りの目的なのだから
- 議論に勝ち負けは無い
- 主張することに問題はない。だけどムキになって議論に勝つことに意味はない。勝つことを過度に意識して「よし、論破した!勝った!」と悦に浸っている間、相手は「こいつと話すのめんどくさいから納得した風に装っておこう」と演じているだけかもしれない。議論に勝ち負けはない。余裕のある方、より器の大きい方が譲っているだけかもしれない
- 様々な考えが俎上に上がるのはとても良いこと。議論に勝つことを考えるのではなく、それぞれの考えからいいとこどりをして、より良い解決策を練ろう。
- 自分の意見が常に取り入れられるわけではない
- 誰であっても意見を強制することはできない
- 「このような事実を基に論理的に考えるとこのように行動するのが良いと思うけど、あなたはどう思う?」と尋ねることしかできない
- いくら意見を尊重する文化でも、すべての意見が無条件に受け入れられるわけではない。当然意見が対立することもある
- 意見が否定されることと自分が否定されることは常に切り分けよう。意見が否定されたからといって落ち込むことはない
- また全てのプロジェクトには(ホラクラシーのロールに任命された)責任者がいる。全ての意見を取り入れて責任者が最終的な決定を行い、その結末に責任を負う。だから自分の意見が全て通るとは限らない。
- 意見は率直に述べる
- 心理的安全性という言葉は「いまの発言で自分は傷ついた。心理的安全性が低い!」といった具合に誤解されていることがある。自分にとって耳障りの良い言葉しか流れない空間を心理的安全性が高いと錯覚してしまうことがある。正しい心理的安全性の定義は「shared belief that the team is safe for interpersonal risk taking(このチームは対人関係のリスクをとっても安心だと共通認識を持てること)」
- つまり「あの人が傷つくかもしれない(対人関係のリスクを取れない)」と思って意見を引っ込めることは逆に心理的安全性が低い状態を示す。
- 心理的安全性が高い組織ではどのような問題も率直に言うことが推奨される。
- この会社は心理的安全性の高い組織でありたい。そのためには上述の通り「個人ではなくプロジェクトについてフィードバックする」「裁判をしない」といった配慮や、伝え方を考える必要はある。だけど遠慮は不要。
- 傷つくか否かは当人の人格による影響が大きい。他の人ならなんとも感じないことにも傷つく人は居る。申し訳ないけれど、それは相手個人の課題でありチームの課題ではない。チームの課題は個人の課題とは分離して議論しなければならない。相手は自分が過度に傷つきやすいことを示すことで問題を指摘されることを回避するかもしれない。でもその結果、その人は周りから指摘を受けて学習する機会を失う。それはその人の課題であり、その責任は当人しか背負えない。
- 耳の痛い意見も聞き入れる
- 十分に配慮されていても、自分に問題があることを指摘されると人は当然腹が立つ
- しかし論理的に考えて自分に問題があることが明らかであれば、そこから目を背けても問題は消えない
- むしろ問題を指摘されても学ぼうとしない、改善しようとしない人、という烙印を押されるだけ
- 誰でも失敗するし、誰でも苦手なことはある。苦手なことや失敗にどう対処するかで真価が問われる。
- 日常的に自分の意見を表明する
- 意見を伝える場は振り返り会に限定されない。振り返り会まで自分の不満を全て溜め込む必要はない
- フルリモートで働くと、どうしても情報が不足する。職場でお互いが見えていれば非言語コミュニケーションで推察できる情報が全く伝わらない
- だから積極的に自分の考えを日常的にSlackなどで表明することが大事だと思う。
- 「あの人は常日頃こんなことをつぶやいているから、多分こんなことを考えているだろう」と事前情報を持つ相手と対峙するのと、全く事前情報を持たず何を考えているのかわからない未知の相手と対峙するのと、どちらの方が自分の考えを伝えやすいだろうか?
- 自己開示するのは相手のためだけではなく、自分の身を守ることにも繋がる。
- 例えば子育てが非常に大変なことを常に発信していれば、勉強会などに参加できない時にその理由を周囲が推察しやすい。何も発信していないと「あの人は勉強しない人」と思われる危険性がある
- 最近プライベートで嫌なことがあったからイライラしていることを発信していれば、周囲もそれを知った上で対応を変化できる。何も発信して居ないと「あの人は情緒不安定」と思われる危険性がある
- もちろん自己開示することに抵抗のある人がいることは理解しているので、強制はしない。ただ自分を守る上でも、周りと協働する上でもメリットがあると思うので推奨してみたい
- 特に感情や思考に関する情報はフルリモートだと得にくいので、積極的に発信すると良いと思う
- 例:「最近こんなことがあったので辛い or 嬉しい」
- 例:「最近プロジェクトでこんなことがあったので、こんなことを考えた」
深夜の殴り書きなので内容にまとまりがなくて恐縮だけれど、他にも意識すべきポイントが見つかったらどんどん加筆していきたい。